空飛ぶ猫はいる

Kis-My-Ft2に翻弄されるジャニヲタ生活

今までに私に寄せられたジャニーズの波について振り返ってみた

およそ2年前、Kis-My-Ft2玉森裕太さんに堕ち、現在相方の横尾担を道連れにめでたくジャニヲタデビューした。

2013年FNS歌謡祭でKis-My-Ft2の存在を認識し、その後キスマイBUSAIKU⁉︎で完全に堕ちたと記憶している。それから約半年間、相方と毎日キスマイについて語り合い、過去画像を集めまくりそれらを披露し合い、キスブサを見てはハートを射抜かれ、彼らへの思いを積み重ねた。新規ホイホイと思しきシングルコレクションの「HIT!HIT!HIT!」を手に入れてMV集を見たが最後、アイドルキスマイから全く目が離せなくなった。2014年のドームツアー開催発表に意を決してFC入会。現場デビューは2014年のドリボ。初めて自担を肉眼で確認した感想は、「アイドルって実在するんだ」ということ。その後、KIS-MY-JOURNEY、新春魂、KIS-MY-WORLDと現場を経験。まだまだド新規である。





生まれてこの方、ジャニーズとはとんと無縁だった。しかしジャニヲタと化した今、寄せる波は何回かあったという記憶を手繰り寄せた。今回はその波ごとに思い出を振り返りたいと思う。



・第一波
年齢がバレそうだが、小学校の時にクラスメイト発信の「光GENJIだったら誰が好きか」という話題に、戸惑いながら「…お、大沢樹生。」と答えた思い出がある。実際大沢樹生が好みなわけではなかった。クラスメイト達が選ばなかった大沢樹生を挙げることで友人との衝突を避けたのだ。THE平和主義。友達と話題を共有するために「ガラスの十代」は覚えたものの、興味は持てなかった。

そんな中、当時愛読していた「りぼん」だったか「なかよし」だったかの付録で、「光GENJI物語」(ニュアンス)的なタイトルのマンガを小冊子にしたものがあった。強烈に覚えているシーンがある。舞台に立つために毎日厳しい練習を積み重ねるメンバー達。そんな中、ローラースケートの練習をしている最中にメンバーの一人が転んで怪我をしてしまう。意気消沈しそうな時に彼は叫んだ。「(怪我をしても)ファンのために、俺、がんばるよ!!!!」





嘘くせーーーーーーーーーー!!!!!!





ひねくれた子供だったのか、私はそのストーリーが心底嘘くさいと思った。あの頃、もし光GENJIにハマっていたらそうは思わなかったのかもしれないが、彼等にとんと興味がなかったので、なんとなくではあるが私の中に「光GENJI=何だか嘘くさい」という方程式が生まれた。



・第ニ波
中学生の頃、通学路の途中にわりと大きめの本屋ができた。当時ジャニーズに全く興味のなかった私はマンガに夢中で、毎日のように寄り道してはマンガコーナーをうろついていた。ある日その本屋で、同級生の愛ちゃんを見かけた。私は愛ちゃんがちょっと苦手だった。保育園、小学校、中学校と同じ学校に通っていたが、背も高く声も大きく態度もやや大きめの彼女と、人見知りでのんびりした性格の私とはきっと性格的に合いそうもないなというのをお互い空気で感じていた。だからその日もいつものように、愛ちゃんを横目で確認して声もかけずに店を出るつもりだったのだが、愛ちゃんは私が立ち止まったことのないコーナーで雑誌を立ち読んでいたのだ。通りすがりにチラッと表紙を見てみたけど、何の雑誌かは全然わからなかった。やっぱり彼女とは趣味が合いそうにないなと思った。

数日後、学校からの帰り道、私は一人で歩いていたが、前方に愛ちゃんとのりちゃんが二人で歩いているところに出くわしてしまった。のりちゃんとはたまに一緒に帰るくらいの仲だったが、愛ちゃんがいたこともあり、その日私は一人で気ままに歩きたかったので、彼女達と絶妙な距離感を保ちながら歩いていた。最初二人は私の存在に気づいていなかったが、信号待ちの際、ふと愛ちゃんが後ろを振り返った時に目が合ってしまい、姿を確認された私は何となく気まずい思いをしながら彼女達の20m程後ろを歩いていた。しばらく歩くと、急に愛ちゃんが立ち止まってカバンの中から雑誌を取り出した。それは先日彼女が本屋で立ち読みしていた雑誌だった。彼女はおもむろに後ろを振り返り、私に向かって叫んだ。



「○○ちゃん(私)もミョウジョウ読む!?」








………へっ!?!?!?!?







絶句である。お互いに視界に入っても言葉を交わしたことがほぼなかったので、まさか愛ちゃんから話しかけられると思わないし、何ならここ道端だしこんなとこで雑誌読まないし、そもそもだけど「ミョウジョウ」って何!?状態なわけで、ただただ驚いた。その衝撃で咄嗟に首を横に振った。愛ちゃんは「あ、そう。」って顔してた。愛ちゃんも思っただろうな。私とは趣味合わねえなって。あまりの衝撃にその後の記憶がないんだけど、多分誘いを断った気まずさに耐えかねて、二人を追い越して帰宅したんだと思う。

そのまた数日後、愛ちゃんが何の雑誌を私に見せてくれようとしたのか気になったので、私はまた本屋に立ち寄った。愛ちゃんが持っていたのは、「明星」という雑誌だった。パラパラとページをめくってみたような気がするが、内容に対してタイトルが漢字というところに違和感を感じたことしか覚えてない。やっぱり愛ちゃんとはこのままの距離感を保っていこうと気持ちを新たにした。


・第三波
高校時代もアイドルに興味を持つことなく終わった。女子校だったのできっとジャニヲタはたくさんいたと思うのだが、私の友人にはいなかったので「ジャニーズ」という言葉さえ聞いた記憶もないくらいだ。

大学生になり、ドラマを見て木村拓哉さんがカッコいいと気づいた。当時から大人気だった。むしろ私は気付くのがかなり遅かったと思う。ラブジェネの放送後、友達とドラマの感想を夜な夜な語り合ったりしてた。そんな中、その友人達とランチしている時にラブジェネの話になり、「キムタクかっこいいよね〜」と誰かがつぶやいたところ、ある友人がこう言い放った。

「木村くんが好きな子は、キムタクなんて呼ばないよ。たっくんて呼ぶんだよ。」








………へ?








芸能人をそんな幼馴染みたいな呼び方すんの?と思った。軽くカルチャーショックだった。彼女はTOKIOの松岡くんが好きだと公言していたので、今思えば多分ジャニヲタだったんじゃないかと思う。でも彼女以外にジャニーズ好きな子が、少なくとも公言している子がいなかったので、ひっそりとヲタ活してたんじゃないかと思う。今ではすっかり疎遠になってしまった彼女、元気かな。今でも松岡担ですか?今なら私たち、もっと仲良くなれたよね?


・第四波
就職して少し経った頃、ある先輩(仮称:光さん。彼氏なし。当時30歳くらい。)がKinKi Kids好きだと聞いた。光さんはコンサートに行くのに、「申込が先払いだからお金が大変なんだよ」と言っていた。何万もかかると聞いて、KinKiのコンサートってそんなに高いんだ!と驚いた。今考えれば、きっと何公演分か申し込むためにかなりの金額が必要だったと理解できるのだが、それまでジャニーズはおろか他のミュージシャンにさえ大した興味もなかった私には、一回のコンサート価格が全く想像できなかったので、一公演のチケット代金が何万円もかかるのだと勘違いしたのだ。

いくら好きだからって、安月給のこの会社でよくそんなにアイドルにお金がかけられるな!!!と思った。もし私がそれまでに一度でもジャニーズにハマっていたらそう思うことはなかったと思うのだが、ジャニーズ文化に対する認識も全く持ち合わせておらず、自分よりも一回り近く若い男性アイドルを好きと公言し熱を上げていることに驚いた。

いや、正直に言おう。若干引いた。ジャニーズ好きって言うの、恥ずかしくないのかなって思ってた。その頃の私は、生活の中心が恋愛だった。後に旦那となる彼氏と盛り上がってはルンルンし、喧嘩すればどんよりしていた。失礼を承知で申し上げるが、自分のリアルな恋愛にいっぱいいっぱいだった私は光さんのことを、彼氏ができないからアイドルに走っちゃったのかなくらいに思っていた。大大大大大大大大大大大大大大大懺悔したい。許してください。未熟だったんです。こんな世界があるなんて知らなかったんです。今はもう結婚して退職してしまった光さん、たまに職場に顔を出してくれるのだが、その度に心の中で謝っています。そしていつか一緒にジャニトークしたいと熱望しています。





と、長々と綴ってみたのだが、どれもこれもジャニヲタになってなきゃ忘れてそうなエピソードばかり。人生何が起こるかわかったもんじゃないですね。